199503 ランダム
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ふらっと

ふらっと

ベースキャンプ「DAI-TOWN 3」

『DAIコンツェルン』という巨大企業体が、地球圏で名を馳せているのは、主に地球とコロニーを行き来するシャトル便の旅客と貨物輸送、さらにテーマパークや新機軸の観光・レジャー産業分野においてだ。
 もとは惑星・衛星での資源開発会社が経営の中枢となっているらしいが、アナハイム・エレクトロニクス社などの軍需産業にも影響力を与えられるという。
 それだけではなくサナリィはもとより地球連邦政府も、経済立て直しという面でこの企業体を無視することはできず、ある意味で経済界側の権力と言えよう。
 だが、『DAIコンツェルン』自身はその系列グループ以外の産業には直接的には乗り出すことはせず、商売のすみ分けをする。また、特定の事業に同業他社が存在する場合でも、他企業とのトラブルは意識的に避けている節もあった。考えてみるとどことなく得体の知れない企業体なのだが、政府に対して税金の支払いがよく、地球圏民に対して行き届いたサービスを提供している分、ダーティーなイメージも沸き立たない。
 だからこそ怪しげな企業体と言われるのだ。
 今、地球圏には娯楽が求められているだけに、『DAIコンツェルン』が開発した観光コロニーは人気が出ている。シリンダータイプのアイランドコロニーではなく、ルナツーのような小惑星をくりぬいて建設されたテーマパークで、これがサイド7の宙域に浮かんでいる。
 この小惑星は、連邦宇宙軍のルナツー要塞に比べれば石ころ同然の大きさだったが、サイドの建設に持ち込まれた小惑星を再利用していることが、開発コストをかけずに短期間でのテーマパーク化を可能とした。
 「DAI-TOWN」と名付けられている。
 サイド7のそれが第1号で、現行計画では各サイドにひとつずつ配置していくのだという。
 サイド5には旧来のテキサスコロニー経営会社が存在するため、2番目の小惑星はこの会社と業務提携する形でサイド5に搬入され、空洞となった内部の改造工事が行われていた。ちなみにこの小惑星は、サイド7開発のコロニー資材採掘でくりぬかれたものの流用だ。
 そして、サイド4の宙域には、3番目の小惑星を配置するためのベースキャンプとなる工事用ステーションが存在し、「板チョコ」「モナカアイス」などと呼ばれるトラス構造の“やぐら”が浮かんでいた。
 サイド1復興現場で穴をあけられている小惑星が、この宙域に運ばれてくるのは2年後のこととなるが、ここではさらに新しいレジャースポットのために試験運用が行われ、その奇抜なアイデアが耳目を集めている。
 モビルスーツによる大気圏再突入体験、モビル・ダイヴ!
 はじめは誰もが「馬鹿ではないか」と相手にしなかった。
 そこがコロンブスの卵というのか、隙間商法の恐ろしいところで、スペースグライダーやシャトルのような船ではなく、より肉体に近いイメージで、母なる星の懐へ飛び込むというロマンと狂気の入り混じったコンセプトは、実際に体験した者が口コミで触れ回り、あっという間に人気の的となってしまったのだ。
 考えてみれば、民間人や一般市民がモビルスーツに乗り込む機会などは、軍の開放イベントでもなければ巡っては来ない。もちろん万人がモビルスーツに搭乗したいと願っているわけではないが、潜在的な需要を見いだした『DAIコンツェルン』の商品企画の勝利であった。
 しかし問題がなかったとも言い切れない。
 市民がモビルスーツに乗れる機会が少ないといっても、民間運用の事業系モビルスーツは珍しくなくなっていたし、経済的余裕のある階層ではモビルスーツを個人所有できる時代である。それでも、大気圏再突入はコロニー圏から地球への渡航とみなされ、許認可については一悶着があった。
 結果的には『DAIコンツェルン』の“穏やかなる力技”によって、この産業は成立している。とりあえず「DAI-TOWN」側では、機体呼称をモビルスーツと呼ばず、攻撃型武装もすべてオミットしたモビルダイバーと呼び習わして軍部の追及をかわした。
 大気圏内に入ったところで、地上側の出迎えとなる輸送機がモビルダイバーを空中でキャッチし、そのままシャトルポートへと運ぶ。ここで入国審査を受けて地球に降り立つこともできなくはないが、審査内容は通常のシャトルより遙かに厳しい。客のほとんどは宇宙に帰される。
 ただ、このレジャーは開始されたばかりで恐ろしく費用がかかるため、まだ大衆向けではない。要するに特権階級の贅沢な遊びなのだ。入国審査が厳しいといっても、これは客に対してというより、連邦にごり押しで商売を通させた『DAIコンツェルン』への当てつけである。
 社会的には人気の度合いと同様に批判的な声も多いが、「金持ちからなら高い料金をふんだくっても痛みは感じない。その収益でサイド復興の手伝いと、系列の福祉財団が活動できるならいいではないか」という経営側の挑発的なコメントも意図的にリークされ、バランスを維持している。
 第一、『DAIコンツェルン』自身がそういう気質でなければ、特権階級相手の接客サービスに、プライドの高いパイロットや技術者を従事させられない。このあたりの不安は、うまく解決されているのだ。
 次の問題は、大気圏突入を単独で可能とするモビルスーツの代表的な機体が、いわゆる“ガンダムタイプ”とされる点だった。
 ガンダムタイプは一年戦争時の登場以来、なにかと戦時プロパガンダの対象にされがちであったし、それが新たな思想のよりどころになるのではないかという懸念も持たれていた。
 一方で、アクシズ落としを命がけで阻止したアムロ・レイ“中佐”に対する冒涜だという世論も少なからずあった。
 もっとも、ガンダムタイプとその他のわずかな機体しか大気圏に突入できないという既成概念が、各方面の世論を刺激しただけである。客を乗せる、つまり複座式のコクピットを有する必要上から、たとえばRX78式のようなコアブロックシステムは最初から無理があったのだ。
「機体は新開発、安全性も連邦一っ。モビルスーツじゃなくてモビルダイバーね」
 これで落ち着くところに落ち着いたわけだが、カメラアイがツインセンサー方式でマルチプルアンテナがV字だというだけでガンダムと識別されてしまうのは、モビルスーツ専門の工業デザイナーには不遇の時代でもあった。

 3番目の「DAI-TOWN」は、事実上工事現場であり、レジャー基地としての運用は不向きにしか見えなかった。
 だが、巨大なトラスの各所に様々な気密ブロックを配したその姿は、人類が宇宙に乗り出した時代の宇宙ステーションを彷彿とさせ、これはこれで小惑星に代わる方式として使えるのではないかという意見もあるらしい。
 企業にとっては、コストはかからないほうが、そりゃあありがたいのだ。
 もっとも、モビルダイバーとその乗客を運ぶ船は、今はここにはいない。
 ペガサスタイプの揚陸艦「ユニコーン」は、既にサイド4の港に出向いており、これが客を連れて、連邦宇宙軍が使用許可した空域に移動する。
 今、係留ベイで出航準備を進めているのは、モビルダイバーのアトラクションに関連したセクションを担当する揚陸艦「グリフォン」のほうであった。
「しかしなんだな、俺から見たら馬鹿じゃねえかってなエントリーフィを設定してるってえのに、よくもこんなに高い金を払ってダイブしたがるやつがいるもんだな」
「グリフォン」のブリッジで今週の予定表を受け取ったシン・トドロキ船長は、ぶつぶつとつぶやいた。
「なにせ上流階級のお遊びですから。開業から半年で興行成績はうなぎ上り。向こう半年間、予約をさばくのが大変です」
 珍しく、総支配人のフレディ・スタンサーが乗船してきている。これは船長にとっては気になることだった。
 歳は若いが連邦軍の在籍中は中尉だったという男だ。彼はシンのようなパイロット上がりの船乗りではなく、後方勤務の文官だったが、情報戦にかけてはエキスパートであったらしい。
 そのような逸材が退役してしまったこと自体が不思議な気もするのだが、だからこそ、こういうレジャー基地の経営を一手に引き受けて、なお業務シフトの改善にも目を光らせている。
 有能なのだ。
「だいたいMDが10機しかなくて、おまけにパイロットがその半分しかいない。これで1日10人からの予約を受け付けるってのは考えものだぜ。俺ぁ、この料金体系を見たときに、こりゃ週に10人くるかこないかだなって思ってたんだ。それがどうだい。労働条件と興行成績が反比例してる。半年先のことなんか考えたくもないよ」
「パイロットは選りすぐりでなければ、モビル・ダイヴには登用できませんからね。Z乗りから引き抜くにしても、連邦軍の監査が厳しいもので」
 それならば、ユニコーンとグリフォンの2艦に搭載されたモビルダイバーなりモビルスーツとパイロットをすべて投入すればいいと思われるが、それで事が解決するというものでもない。実際には運用コストの抑制のために、グリフォンとユニコーンのコンビネーションで、アトラクションを仕掛けているのだ。
「やれやれ、それなら俺を船長からおろして、6人目のパイロットに回せばいいじゃねえか。船の運用ならほかの者でもなんとかなるだろうよ。それより先週、人員の補充がどうとか言ってたが、それってパイロットじゃないんだよな?」
「申し訳ありません。子供を1人、子供といってももう14歳ですが、メカニック訓練生ということで乗船させます」
 それを聞いたキャプテン・トドロキは、一瞬きょとんとした顔をして、その後すぐに悲壮感たっぷりの形相となった。
「勘弁してくれよ。何でこの忙しいのにガキの面倒まで見なきゃいかんのさ。14歳じゃあ、学業の方は通信講座をやらせるのか」
「そういうことになります。なにしろミスターBJ直々の指示なので」
「ほおぉ・・・よっぽど強いコネでもって潜り込んでくるとみえる。どこのぼんぼんなんだ?」
「彼の経歴その他の詳細事項は、キャプテン用のメールポストに送ってあります。けど、ここにプリントしたやつを持ってきてますが」
 よこせっ、と、キャプテン・トドロキはフレディの差し出したレポートをパッドごとひったくった。それを斜め読みしていくうちに、彼の表情はさらに変化する。
「・・・わかった。万事承知したと、本社には言っといてくれ。ただし、使えなかったり面白みのないやつだったら、厨房あたりに放り出すからな」
「承知しました。では21:00時に彼をブリーフィング・ルームによこしますので」
 総支配人はパッドを回収してブリッジを出ていった。シンはキャプテンシートまで浮遊していき、空中に漂ったままコンソールにとりつくと、通信回線を開いて、モビルダイバーのハンガーを呼び出す。
「エディとデビットをブリッジにあげろ・・・デビットは手が放せない? じゃあタクマでいい。緊急の通達事項ができた。出港までに伝達しておきたい」
 その直後、操舵手のワイン・バードナーと打ち合わせをしていた通信士、ロイ・ハスラムがコールサインに気がつき、チャンネルを切り替えてよこす。
「キャプテンにユニコーンから出航前の定時連絡です。いつものコース上に微小な隕石か宇宙塵が浮遊しているようなので、空域を若干ずらしたいとのことです」
 通信士は機関士を兼任している。ブリッジに常駐しているのはこの3人だけだ。副長も存在するが、副長は接客主任であるため、キャプテンがブリッジ勤務を交代するとき以外はレクリエーションブロックに詰めている。もちろん、払い下げとはいってもペガサス級の強襲揚陸艦を使っているのだから、それだけの人数で運用することは不可能だ。パイロットやメカニック、運行スタッフ、接客サービスも含めたすべてのクルーを数えると、なんとか30人になる。
 シートに腰を落ち着け、ブリッジ前方の大型モニターに映像が映るのを待って、キャプテン・トドロキはインカムをセットし直した。
「なんだアラン、浮遊隕石だって?」
『よくわからんが、昨日はそんな物はなかったはずなんだ。事故でも起こすとおもしろくないからな、臨時のランデブーポイントの変更データを、今そっちに転送した』
 モニターに映ったのは、機能的なユニフォームとジャケットを身につけたユニコーンのキャプテン、アラン・フロイトだった。
 キャプテン・トドロキはこれとはまるで対称的な、中世期の軍服のような着飾りと、あまりにもステレオタイプ化されたアイパッチと、そして顔中をひげで覆ったむさ苦しい男であった。
 演出なのだから仕方がないと思ってはいるが、この姿を見る度に遠慮なく吹き出すキャプテン・フロイトが腹立たしかった。
「了解した。お手柔らかに頼む。今日の客はどんなだ?」
『7名だ。そのうち3人をそっちに回す。第1ヒートで2人、第2ヒートで1人をさらってくれ』
「わかった。そっちのナイトは誰が出てくる?」
『今日はジョニーだ。そっちはどうせプルだろ』
「まあな、中身はガルバルディのようだが、リゲルグタイプがおととい1機届いた。これがどういうつもりかピンクでカラーリングしてやがるんで、あの子以外誰も乗りたがらねえ」
『本社があの娘向けに送ってよこしたってことか。彼女も看板として認められるようになったわけだな』
「よせやい、桃色の機体にドクロがついてんだぞ。この船にはにあわねえよ」
『我慢しろよ、興行なんだからな。それじゃあとで』
 客には絶対に聞かれてはならない通信を終えたところへ、チーフメカニックのエディ・ローエンとパイロットのタクマ・アオノがやってきた。
「なんです? コース上に障害物ですか」
「そうらしい。データの変更があるからよろしく頼む。それと、あとでメカニック見習いを1人登用するから、ハンガーで面倒見てやってくれ」
「メカ生? そりゃ人手不足だから助かりますが、使いものになるんですか」
「古い友人の息子だ。まだガキだが、14歳すぎてるから作業用MSの免許は持ってるようだ。それに親譲りの資質があるなら、心配はないだろう」
 キャプテンの古い友人となると、カラバ時代かそれ以前の話だなと、エディは思った。彼とシン・トドロキとの上下関係は“シャアの反乱”の頃からであったから、キャプテンの交友関係は彼もおおむね掌握しているつもりだ。その顔ぶれの中に、古い友人という呼び方で交流する人物は、思い当たらなかった。
「ここに経歴書のコピーがある。経歴についてはお前ら2人だけの情報にしといてくれ。21:30にブリーフィングルームで引き合わせる」
「地球暮らしから、わざわざこんなとこに来るんですか。変わり者だ」
 タクマはキャプテンやエディよりも一回り以上歳が若い。軍での降下任務以外では地球に降り立ったことのない、典型的なスペースノイド世代だ。
「こんなとこ、はねえだろう。3年前の大型軍縮で、お前ら候補生の『Z乗り』の道は限りなく遠くなっちまったんだぞ。軍に残ってたら、一番おいしい時期にZ系パイロットの切符は手に入らなかったはずだ」
 エディがたしなめる。だがタクマはまだ、この船に就職してから一度もZ系機種の操縦をさせてもらっていない。彼も先月、引き抜かれて契約したばかりなのだ。
「じゃあ、せっかくZに乗ってたキャプテンは、なんで引き抜きに応じたんです?」
「・・・Z系に乗り続けたかったのさ」
 キャプテン・トドロキはぶっきらぼうに、それだけ言った。
 公式には0087年にロールアウトしたトランスフォームド・モビルスーツ、Zガンダムを基礎とする連邦軍の可変型モビルスーツは、カスタム化も含めたいくつかのシリーズを経て、数種類の機体が実戦配備されている。
 だが、モビルスーツの基本運用能力に可変機構を組み込み、耐久性や大気圏突入能力まで持たせたタイプであるために、スタンダードモデルがプロトタイプ並の予算を消費するという不具合が生じていた。
 このためZ系機種の配備数は、艦艇に続いて真っ先に削減の対象となり、専属パイロットの数もトップガンクラスに押さえ込まれた。
 当時、シン・トドロキ大尉は、超大型戦闘空母「ベクトラ」に配属されたZプラスのチームパイロットであった。Zプラスは、試作機でありカスタム機でもあったZガンダムを量産化すべく開発された機体であったが、費用対効果の面では金食い虫の部類にくくられる。
 おまけに母艦そのものが予算削減から寧艦の憂き目にあい、その混乱のさなかにネオジオン最後の月破壊作戦・ハインライン計画を阻止する作戦行動で出撃したのを最後に、シン自身も部隊の再編に引っかかった。
 彼に回ってきた辞令は、彼の戦績を考慮したものではなかった。愛機に未練はあったが軍にとどまる理由はなくなった。
 そこへヘッドハンティングに現れたのが、トキタという名の老紳士だった。
 カイゼルひげの老紳士は、それほど魅力的とはいえない条件だったが、シンの実績を新しい環境で採用したいと申し出た。報酬も軍属に比べれば少し見劣りしたが、彼は「Z系に乗れる」というそれだけの理由で契約書にサインした。
 果たしてその公約は真実で、新たな職場に赴いたとき、彼が案内されたハンガーには、どこにどういう手を回したのか、連邦宇宙軍から登録を抹消された彼の愛機が待ち受けていた。
「ただ、ちょっとこみ入った理由があってな、今はDAIの工場に持ってかれちまったままだ」
 それで船のキャプテンに甘んじているのかと、タクマは納得した。
「まあその話はいい。ともかく忙しいとこすまんが、俺たちの流儀で少年を1人、一人前の真っ当な男に鍛え上げなきゃならん。少しの間つきあってくれ」
「わかりました。それで、いつまで預かるんです?」
 それを問われたキャプテントドロキは、少年を預かる期間について指示されていないことを思い出した。
「とりあえず、当分の間だ」
 こうお茶をにごす。今は先のことより、今日の業務をこなすことの方が先決だった。




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